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Bacon's Labo

橋歌 1

 学校からの帰り道。太陽の位置はまだ高いけど、大体この時間帯からは地球の引力に引かれ落ちていくかのようにさっさと日が暮れてしまうものだ。
 今日、僕は登下校の際搭乗する愛機(自転車だ)を修理に出していたので、歩きながら、空き缶を蹴りながら帰り道をなぞっていた。
 途中、のどが渇いたので、黒猫が横で眠る自動販売機で中身のある缶を買った。缶についた水滴がひんやりと心地よい。タブを起こすとアルミの千切れる音と、炭酸の噴出す音がなる。やはり心地よい。
 普段、風を切って走る道も、歩いてみると大分景色が変わって見える。横を流れる川が、街の方へと伸びている。後ろを振り向くと黒猫はいなくなっていた。
 しばらくすると、新しい空き缶で再び缶けりを始めていた。道は川の傍の土手で、道路の舗装は中途半端だった。缶が不規則に道を跳ねる。
 思いっきり蹴り上げようと力を込めて蹴りつけると、缶は予測しない方向へ飛び、そばにあった橋の手すりをすり抜けて土手の下へと落ちていった。
 僕はなんとなくバツが悪いので、走って土手を降りて缶を追いかけた。勢いのついた足を止めると、辺りを見回す。橋の下には男の人がいた。
 季節外れの丈の長いコートを羽織っている。だけどコートの色は、水面に生まれる泡のように白く暑苦しさを感じさせない。薄くかかっている水色がよけいにそう見えさせ、涼しささえ感じさせる。
その人は橋の日陰から出てきてこう言った。「これキミの?」日向にさらされた白髪に僕は驚く。銀髪というには若々しくなく、ただ白髪というにもあまりにも力強くボサボサとした感じだった。そんなことより男の人の手には、空き缶が握られていた。「あ、……はい」と僕は間抜けた返事をした。
「川に捨てちゃだめよ」と空き缶こっちに投げ寄越されたので、僕は前のめりなってそれを取ろうとしたが、キャッチできずに空き缶は地面に落ちた。万有引力だ。
 空き缶を拾うと気がついた。川が凄く綺麗なのだ。浅めなのでそう驚くほどでもないが、川底がやけにはっきりと見える。橋を支える橋杭の下にはウグイの稚魚が群れをつくっている。街外れとはいえ川がこんなに綺麗だとは思えなかった。さらさらと川の流れる音だけが聞こえる。
しばらく眺めていると川岸に釣竿が落ちているのを見つけた。白髪の人の物だろうか、釣りをするためにというよりは、とりあえずそこに置いといてあるという感じだった。「釣りしてるんですか?」思わず聞いてしまった。
のらりくらりと橋の下へ戻ろうとしていた白髪の人は、ゆっくりとこちらに首を向けると「ぅんにゃ」と言う。気だるい。見ていると気だるさがこちらに感染しそうだ。「じゃあ、その釣竿は……」なんですか? と言おうとすると川の上流からビニル袋が向こう岸を流れていく。白髪の人は釣竿を拾い上げる。
ヒュンッ と空を切る音がしたと思うと ザンッ とビニル袋が跳ねた。水面に波紋が広がる。白髪の人がリールを巻くとカリカリと、これぞ釣りの醍醐味のという音が橋の下に響く。ビニル袋は水をかき分け、ゆっくりと、水面に放物線をつくりながらこちらに向かってくる。透明な川に浮かぶビニル袋は、空を流れる白い雲を彷彿とさせる。
岸に着いたビニル袋を拾い上げると白髪の人はそれを、近くに置いてあったダンボール箱に放り投げた。ああ、川をここまで綺麗にした人はこの人なんだな。ダンボール箱は、「これだけの駄目な人間がいるのだ」と知らしめんばかりに中身をぱんぱんと詰らせていた。
白髪の人は、ため息をついたように見えた。「あの」と気がついたら声を出していた。思い切って聞いてみた。「何してるんですか?」
白髪の人はしばらく僕と反対の方を向いて黙っていた。さらさらと川の流れる音だけがする。白髪の人はこちらを向かずに「救世」とだけ答えた。僕は「グゼ?」と聞きなれない単語を鸚鵡返しにする。
「何してる人なんですか?」質問を変えてみた。何故だか話しかけるのに抵抗が無くなっていた。「神様」と即答されたので、僕は最初何を言ったか分からなかった。「いや、嘘」と続けざまに言われたので聞き流してもいいのだな、と思った。
「仏様」こっちを振り向いたかと思うと“仏様”という言葉が出てきて、それが一体全体質問に対する答えなのか、それとも全然見当違いのことを言っているのか、僕はさっきなんと質問をしたのかもだんだん思い出せなくなっていた。「いや、やっぱ嘘」と言われなければ僕はずっとそこに突っ立ったままだったかもしれない。「サラリーマン」と今度は言われたので、今度は僕も「ああ、そうですか。サラリーマンですか」と納得するほか無かった。

 続く
by shadowheartsuru | 2007-06-05 21:23 | 橋歌
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